世界は1つ。だけど、人の数だけある。「世界」
寒い日。手足の先と同じくらい、鼻に冷えを感じるくるみです。こんにちは。耳当てのように鼻当てもあったらいいのに。

小説を読んでいると、あまりにも描写が細かすぎて、「私はいったい何を読まされているんだろう?」と思うことがあります。
ノンフィクションならば、どんなに細かい描写も、実際あったことの詳細を覗き見ていると思えるのですが、フィクションでは、実在しない生き物の毛並みの状態だったり、個人的な体験の繊細な感情の動きだったり、その描写が細かければ細かいほど、「私は今何を読まされているのか」と思う頻度が上がっていきます。
そもそも、フィクションでは何もかもが実在しないのだから、それを言ったらおしまいなわけですが。
作者が、作者の頭の中で形作っているものを小説で表現しているのであれば、読者の私たちはその人の頭の中を訪れていることになります。
きっと作者は、作者の頭の中を表すためにはその描写は大事だと思ったから言葉にしたわけで、その描写が細かければ細かいほど、作者と読者は同じ世界を共有できるわけです。
細かく書かなければ、読者は勝手に自分のイメージで読んでしまうからです。
例えば、「エレベーター」から想像する場面でも、人によって違います。
私が真っ先に思い出すのは昔住んでいた団地のエレベーター。
7人乗りほどで小さくて、謎のフェルトを張り付けたような壁と、ゴムのようなシートが敷かれた床。
1階、4階、7階…と限られた階にだけ停まる仕様になっていました。
動き出すときの音。上方から聞こえる機械音。なんとなく不安にさせる心もとない感じ。
誰かが乗ってくると安心するような、かと言って知らない人だと緊張して、なるべく離れようと思ったり。
ドアに窓が付いていたせいで,1階から乗ると、4階につくまでの間もエレベーターの外側の暗いコンクリートむき出しの壁が見え、不意に4階のエレベーターホールの床が少しずつ見えてくる感じが、なんとも不気味な感じがして嫌いだった、あのエレベーター。
私にとって、「エレベーター」は、無機質で、不気味で、心細さの象徴のようなイメージです。
けれど、誰かにとってのそれは、ショッピングモールの明るい大きなエレベーターだったり、スカイツリーのような高速エレベーターだったり、雑居ビルの古くて小さな暗いエレベーターだったり。
そして、そこには何らかの「幸福感」「非日常感」「ワクワク」「ドキドキ」「嫌悪」「恐怖」などの感情も付いてきます。
作者は、そんな読者1人1人のイメージに持っていかれないように、自分の世界のエレベーターを伝えるために、ボタンの配置や、広さ、匂いなど、細かい描写を加えて伝えているのかと思うのです。
最近そんなことを思っていたので、この絵本を読んだとき、「世界」という言葉に対する私のイメージはいったいどんなものなのだろう?と思いました。
エレベーターと違い、「世界」はたった1つなのだけれど。
私にとっての「世界」とは?
junaidaさんの世界に自分の世界を重ねて
もともとは1枚の絵。その絵を16に分割して見開きページにした16ページと、折りたたまれた紙を広げると現れる絵全体のページで構成された絵本です。細かく描かれた人間や動物、天使や怪物、植物や物たち。鮮やかな色彩。文字のない絵本ですが、たくさんの物語を想像できるアートな1冊です。
赤い、2つの穴の空いた仮面のような、王冠のようなものだけが大きく描かれたの表紙。
ページをめくると、薄い浅葱色のような霞んだ青のページから始まります。
次のページから色は増え、人や動物たちや怪物たちが現れ、賑やかなページへと移っていきます。どのページにも登場する表紙の仮面王冠をかぶった男の子はページをめくるごとに成長し、赤ちゃんからお年寄りになっていきます。
こっくりとした秋色のページを終えた後、静謐な雪の最期のページ。
そして、さらにめくると真っ白なページが現れ、折りたたまれた紙を広げるとすべてのページがつながった、大きな1枚の絵が現れます。
1ページ、1ページ、特長があり、変化を感じて読み進めていたはずなのに、全体としても違和感なく、まとまった1枚の絵になっていることに驚きます。
実際は1枚の絵が先なので、分割したページにそれぞれの雰囲気があることがすごいのです。
また、よくよく見比べてみると。1枚の絵では右端と左端だった部分を、右端は左ページ、左端は右ページとして見開きにしてあるページがあり、発想の豊かさや遊び心に唸ってしまいます。
実際は絵を丸めて筒のようにするイメージなのかもしれません。
この絵本の名は、「世界」。
これはおそらく、作者のjunaidaさんの中の、junaidaさんが見ている世界。
1人の人が産まれてから死んでいくまでの生きる軌跡です。
それを踏まえて改めてよく見ると、下部分は、生き物の密度のが濃く、おとぎ話や冒険を発想させるような、エネルギーに満ち溢れた感じがします。
そして上になるにつれ、動物よりも植物が目立ち、楽器や家などのモチーフが増え、色味も落ち着いた熟した色になっていきます。
自分の中にある「世界」のイメージを、絵として具現化できる才能にため息をつきつつ、私も恐る恐る私の感じている世界のイメージを想像します。
産まれる頃の色はどんな色なのか、子どもの目線で見る世界、若い頃、今、そして、年老いていくこれから。
なんとなく、この絵本と重なる部分もあり、自分だったら、こんなモチーフがもっと登場するんじゃないか、なんて思ったり。
まあ、絵心なさ過ぎて、何も形にはできないのですが、想像は膨らみます。
みなさんも、ぜひ自分の「世界」のイメージと重ねてみてください。
私の「世界」は食いしん坊だったから、子どものころはもっと食べ物で溢れてたはず!
